昔ながらの仕事を、ずっと守り続けてきた夫。
だけど今、AI社会の波が静かに近づいてきています。
「信用スコア」という言葉を聞いても、
最初はピンときませんでした。
けれど、かずくんの話を聞いて、
“本当に危ないのは、働けなくなることではなく、
信用が見えなくなることなんだ”と気づきました。
このブログは、そんな私たち家族が
“信用社会”の中で何を感じ、どう生きようとしているのか――
その正直な記録です。
かずくんの話で、現実が見えてきた日
最近、かずくんの話を聞いて、はっきりとわかりました。
これまで「このままでは、うちもいつか厳しくなるな」と感じてはいたけれど、
どこかでまだ他人事のように思っていたのかもしれません。
でも、今の日本はもう、ゆっくり考えている時間はない。
AIが社会の仕組みそのものを動かし始めていて、
「信用スコアを持たない企業は、やがて選ばれなくなる」
という現実が、すぐそこまで来ていると感じました。
今までは、「真面目に働けばきっと大丈夫」と思ってきた。
けれど、努力や誠実さが“見えない時代”になったとき、
それを証明できなければ、どんなに頑張っても
AIには“存在しない人”として扱われてしまう。
そんな話を聞いたとき、私はふと夫の顔が浮かびました。
そして心の中で、「このままじゃ、本当に危ないかもしれない」と思いました。
夫の仕事と、変わらない現場の時間
うちの夫は造園業をしています。
もう40年以上、同じ仕事を続けてきました。
若いころからずっと、朝早くから夜遅くまで現場に立ってきた人です。
仕事のほとんどは剪定や伐採。
街の街路樹や、公園の木々を整えることも多く、
地元の人たちが何気なく通るその道を、
夫は日々、丁寧に整えています。
その道路を通るたびに、私は「綺麗になったな」と感じます。
誰にも気づかれなくても、季節の影に夫の仕事がある。
そのことに、静かな誇りを感じています。
けれど、数年前から腰を痛め、膝にも痛みが出てきました。
今では少し足を引きずるように歩いています。
それでも、現場に出ない日はありません。
お客さんの「ありがとう」の一言を聞くたびに、
「やっぱりこの仕事が好きなんだ」と笑うのです。
そんな夫が、ふとした時に寂しそうにポツリと
「俺の代で終わりだな」と言います。
その言葉を聞くたびに、胸がぎゅっとなります。
子どもたちはもう成人して、それぞれ自分の道を歩いています。
家業を継ぐ人はいません。
夫もそれをわかっているからこそ、
その“終わり”を口にした時の声が、静かに心に響きます。
喜ばれる仕事を、誇りに生きる人
造園業の仕事は、お客さんの「ありがとう」が一番のやりがい。
庭が整った瞬間に見せるお客さんの笑顔が、
何よりの報酬なんだそうです。
夫の仕事は、見えないところまで気を配る人の仕事です。
枝の一本、木の傾き、日当たり――
その細かな違いを見逃さずに整える姿を見ていると、
「この人は、自然と人との間をつないでいるんだな」と思います。
私が言うのもなんですが、
夫の仕事には“静かな優しさ”があります。
派手さはなくても、
その丁寧さと真面目さが現場の空気を変えていく。
そんな姿を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなります。
だけど、そんな人間のぬくもりが、
これからの社会では“見えなくなる”かもしれない。
信用を数値化する世界で、温かさや優しさが
どうやって評価されるのか――そこに不安を感じていました。
信用スコアが教えてくれた“見えない価値”
そんなときに出会ったのが、awabotaでした。
かずくんが言っていた「信用は“お金で売るもの”じゃなく、“行動で流すもの”」
という言葉が、私の中に深く残っています。
夫が毎日、体を張って積み重ねてきた現場での信頼。
お客さんに喜ばれてきた“行動の記録”。
それは、誰かに伝わらないまま消えていくものだと思っていました。
でもawabotaでは、その“見えない努力”や“誠実な行動”こそが、
データとして信用スコアに変わっていく。
行動が信用になり、信用が資産になる。
それを知ったとき、初めて希望を感じました。
夫が築いてきたものを、
形を変えて未来に残すことができるかもしれない――
そう思えたのです。
未来をつくるのは、これからの“信用”
これからの時代、会社の規模や肩書きよりも、
「どんな行動をしてきたか」「誰に喜ばれてきたか」が価値になる。
awabotaの中で学んだことは、
“動けば信用が積み上がる”ということ。
SNSへの投稿でも、学びの記録でも、
人に共鳴を起こす行動は、すべて未来への投資になる。
これまでの“働く”とは違う形で、
行動そのものが報酬に変わる社会が来る。
それは決して遠い未来の話ではなく、
もう、目の前にある“次の現実”なんだと思います。
夫が40年かけて積み上げてきた信用を、
次の時代にどう流していくか。
awabotaでの学びが、その答えをくれた気がします。
